D.Gray-man


少年は殻を破り少女はそのカケラを食む




「本当に大丈夫なのか?」
 リーバー・ウェンハムはアレンの様子に心配そうな表情だ。
「くどいですよ。大丈夫ですってば」
 それに対するアレンの表情は穏やかだ。むしろ彼の心配する表情に苦笑しているといった感じか。
 仕方なしに両手で資料を持ってみせれば彼は押し黙った。
「…うん、まあ無理はするなよ?大した事無いってお前が言っても、怪我が治るまで待機って意味なんだからな?」
「はい。じゃあ行ってきます」
 アレンはにっこりと笑みを返すと踵も返し、その足で書室に向かう。
「おう。よろしく頼む」
 

 書室への道すがら、いろんな人物がアレンに声をかけてきた。アレンもそれには慣れたもので愛想よく振る舞い、足を止めない。止めたら左腕に掛かっている重みが増す。これも修行と思えば辛く無い。
「アレンさん。重そうですね、持ちましょうか?」
「有り難うございます。でも大丈夫ですから。」
 にっこり。 
 アレンに好意を寄せる者は結構多い。教団に集まる人々は基本的に『癒し』に飢えているから、天然癒し系(しかし時折黒いものを身にまとわりつかせているがそれが目を瞑っている人も多いのが事実)のアレンに微笑まれると大抵のものは顔を赤らめて逃げていく。
「そっそうですか、では私はこれで…」
 しかしそんな彼等の反応の意味が分からないアレンは人の好意を簡単に無下に出来る。
 だってアレンの世界は今もまだ、アレンと今は亡きマナの二人きりの世界で構成されているから。

 アレンは誰の目から見ても優しい少女(とは言ってもアレンの性別を知るものは教団には少なかったから殆どの団員は少年と思っていたのかもしれない)だったが、リナリーに言わせると『残酷な世界を持った少女』に成り代わる。

 アレンが持つ世界が残酷なのではなく、アレン自身が残酷なのだと。

 それにはリナリーなりの講釈があった。
 彼女はアレンの世界を知らないから、その左目と左腕で受けて来た虐待を想像する以外出来ない。
 アレンにそう告げた時のリナリーの瞳は炎が揺らめいていた。憎悪というものではないし、嫌悪の類ではなかった。自分は嫌われているのではないとアレンは知ったものの、彼女の感情は理解不能だ。
 言葉の意味を訊く勇気は無かった。
「・・・」

 『だから私は兄さんの為に戦うの。』

 言い切ってしまえるリナリーの強さにアレンは初め憧れた。
 けれどあの強さは、コムイというたった一人の肉親兄妹が同じ教団内に居て血肉を妹の為に費やしているから。だからリナリーはコムイの為に戦うのだという。
 自分には決して得ることの出来ない強さだとアレンは思った。そして諦めた。

「何やってるさ、アレン」
「?」
 アレンの前がいきなり開けた。腕にかかる重みがいきなり無くなった。そして隣に見知った気配を感じて振り返る。
「ラビ…任務だった筈じゃ?」
 アレンは考えに没頭していたのを内心舌打ちした。なんたる失態だ。これが実戦だったら間違いなく首は撥ねられているだろう。いくら教団にいるとは言え。
 やはり麻酔を打ってもらうのは断れば良かったとアレンは後悔した。
 手当からだいぶ時間は経過したけれど、まだ頭の芯がぼんやりしていたらしい。
「うん?任務だったけど今戻ったとこ」
「そうですか、お帰りなさい」
 アレンはラビになるべく今の感情を悟られないように笑みを見せて誤魔化した。
 荒んでいる今の感情を。
「うん。ただいま、アレン」
 ちゅ。とラビはアレンの頬にキスをした。もちろん触れるだけの軽いもの。
「っ…もうっ…こういう場所で止めて下さい」
 アレンは途端に顔を朱に染めてラビから彼の身体を押し返しながら、身を引いた。

 ラビの行動はいつも突拍子で一貫性が無い。アレンも慣れてきたとは言え、ラビ流の挨拶にはまだ慣れないものがある。
 例えば今みたいな人前で挨拶のキス。

 アレンは英国紳士に(というか少女なので淑女?)見られてはいるがスキンシップは人一倍怖がりで、それを知る者は少ない。ラビは知っていてわざとやっている節がある。

「え〜?こういう場所じゃなけりゃいいんか?わぁ、漸く俺の告白受け入れてくれる気になった?」

 ほら、また調子のいいことを言って誘おうとする。アレンはひっそりと息を吐き出した。こういう時は左腕の脅しでもかけてやらねばなるまい。どうせ動かないから凄みを利かせて。
 にっこりと、微笑みも忘れない。
「殴られたいんですか?グーとパーのどちらがお好みで?」
 ぐ。と左腕を発動させるそぶりを見せながらアレンは半目でラビを見つめた。
 しかしラビは眉尻を下げて苦笑した。
「無駄だよ。麻酔で動かないんダロ、その左手」
「…」
 見抜かれていたショックにアレンは固まった。何で知っているんだろう?とアレンの表情を読んで、ラビの返答。
「コムイに聞いたんさ。左手の怪我治るまで待機なんだろ?」
 アレンが任務から戻ったのはラビ達が任務地に旅立った直後だった。
「そこまで聞いたんですか」
 まあコムイに口止めをしたところで、もとよりアレンもそれが有効だとは思っていない。
 ため息が思わずこぼれたが。
「大丈夫さユウには言ってないし。んで、何やってるんさ?アレン」
「何って、科学班の手伝いです」
 ラビから神田の下の名前が出た一瞬だけアレンの表情が苦いものに変わったが、すぐに返答した。
 ラビの言う神田ユウは彼の親友だという。教団内で二人をよく見かける。神田もラビが相手だと雰囲気も穏やかなものに変わるのがアレンにも解った。
「無理すんなよ。左手動かない癖に」
「・・・物を持つぐらい出来ますよ。放っておいて下さい」
 それじゃ修行にならないとアレンは思っていた。けれどラビには違うように聞こえたらしい。
「あらら。可愛くない反応」
「!」
 カチン。とアレンの頭で何かの音がした。ラビはいつもそうだ。誘っておいて突き放す。それの繰り返し。
 しかし我慢する。今ここでキれたらまた『ガキ』呼ばわりされる。
 アレンは右手拳に力を込めてぐっと堪えた。
「どういう意味ですか、ソレ?」
 出来るだけ冷静に。依然ラビの手にはアレンの持っていた本の山。
「アレンは女の子なんだから、もうちょっと人に頼ったっていいんさ?」
「ラビ・・・忘れたんですか?僕はそういう扱いされるのが大き−「大嫌いだってんだろ?知ってるよ」」
 アレンは自分の言葉を遮り、にっこり微笑んでるラビを睨み返す。
 今言いかけた言葉は、ラビと初めて会った時に話した言葉だ。

「・・・そうやって僕をからかって楽しいですか?」
 澱む自分の感情が整理出来ず、気づけばアレンはラビに言い返していた。
 ラビは基本的に人が本当に嫌がることはしない。するとしたら意味があっての事。
 けれどアレンはそれを問いつめるつもりは無かった。そんなことをしたら、世界が壊れてしまうから。

「からかっているつもりはないんだけどな」
 ラビはアレンの反応がお気に召さなかったらしい。詰まらなそうな表情で少女を見返した。
「じゃあ僕の嫌いなことをわざわざ実践して見せなくてもいいじゃないですか」
「だって俺はしたいことをしてるだけだし?」
 ラビは苛立ってみせるアレンとは対照的に落ち着いている。声も茶化しているという状態では無かった。
「・・・そういう風に自分の気の向くままにしておきながら相手の反応見るラビって僕は苦手です」
 左手が今動いていたならラビの顔面を叩いていただろうとアレンは思った。思って左手に力を込めてみるが、思うようには動かない。
「苦手で結構。・・・俺はアレン、好きだけど?」
 ラビは機嫌の悪いアレンなど見なれているのか平気なのか、にっこりと微笑み返して来た。 
 あまりにその毒気の無い表情にアレンも呆気にとられる。機嫌の悪さなど忘れてしまえる程度に。
「…ラビ・・・僕は」
 何度も言われてきた言葉。アレンの苦手とする言葉だ。
「人を頼ることで失うのが怖くなるか?それとも人を頼ることで自分が弱くなるのが恐いんか?」
 ラビは真正面からアレンを見つめる。
 この強い癖に失うのが恐いと自分の世界に殻を作った少女を。
「なんでそんなこと分かるんですか!僕のことよく知りもしないくせに!」
 ほら、白状した。
 ラビは目尻を下げた。その言葉はアレン自身にとって肯定の意を含んでいる。アレンは気付いていないが。
「俺達って似てるから、分かるよ」
 アレンはラビの言葉が信じられなかった。いつも調子が良く笑う人だから。
 この言葉も嘘だと思った。
「嘘」
 告白よりもアレンと自分が似ているという言葉を信じられない少女にラビは微笑んだ。
 アレンと居ると面白いと純粋に思う。もっとアレンを知りたいと思った。
 こんな風に思うのはきっと名前を捨てる前、人に対する執着心がまだ有った頃以来。
 それ以上に『アレン』だったから。
「嘘じゃないさ?知らなかったっしょ?」
 アレン。と呟く声は声にならず。
「…っ」
「こうして触れるのも実は怖いってこと、とか?」
 それはちょっとでも動けば唇が触れる距離。
 ラビの手にあった本の山はいつの間にか手の上から無い。相変わらずの素早さだ。
 ラビも同じように触れるのが怖い?アレンは訊き返そうとしたが。
「ら…」
「し…」
 黙って。そう小さく呟かれた直後、アレンの唇にはラビの唇が重なっていた。
 避ける間も無かった。

「!?」

 永遠に続くのじゃないかと思える口付けはほんの数秒間。
 
 ずるり。とアレンの身体が下へ崩れた。ラビが支えようとしたが、呟かれた声に手が止まった。
「…ぃ」
「アレン?」
 アレンは座り込んでそのまま俯いてしまったから表情は見えない。
「ずるい・・・です。ラビは・・・そうやって掻き回して、僕はどうしたらいいか分からなくなる」
「・・・分からないなら教えてあげるさ」
 ラビは両脇に手を差し込み、アレンを立たせた。
「?」
 逃げられないようにその背を軽く拘束して。
 彼女自身が触れられるのを嫌がっている左手の甲に口付けた。
「!?」
 アレンはまさか『呪われた』左手にキスするなんて微塵にも思っていなかったから驚きに固まって。
「アレンも俺の事好きになって?」
 ラビの言葉にアレンの世界の殻は砕けていった。





>>ちょっと後の物語

なんだか作るのに数日かけた短編も初めてですよーうぉ。

 

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