D.Gray-man
知らない?
ラビは急な任務から戻ってすぐ談話室で神田を見つけ声をかけた。予想外の事態で一両日で終わる程度の任務が更に一日伸びてしまった。身体は休息を訴えていたが、今休んでしまったらずるずる先延ばししてしまいそうな気分だった。
そこへ同じように任務あがりの神田を見つけ、訊いてみる事にした。
「なあユウ、アレン知らない?」
「知るか!下の名前で呼ぶな!モヤシの名前を出すんじゃねぇ!」
「わぁ、ユウたん不機嫌ー!」
「誰の所為だ、だ・れ・の!!」
「はーい俺の所為?」
「分かってんなら訊くまでもねえよなぁ?」
リナリーに怒られてから神田の機嫌はずっと下降したままだ。ラビもこれには自分も加担しているので(というか原因が)それ以上彼を突くのは諦めた。これだけ訊いても知らないということは無意識に視界に入れてない場合もあり得る。
「分かった。他を探すさ」
「当分顔を見せるな!馬鹿兎」
神田の機嫌は最悪なのか罵詈雑言が今にも飛びそうだった。
それからずっとラビはアレンを探し続けていた。任務に出ているとも考えられたから先にコムイには聞いていたが、否定された。もしかしたら科学班の所で手伝いでもしているかと覗いてみれば『戻ったの?けどアレン君なら居ないわよ』『戻ったんなら、レポート提出してくれよ』とリナリーとリーバーの声が重なるように返ってきた。
俺の無事とか祝えないわけ?
ラビは冷たい仲間の仕打ちにもめげずアレンの捜索を続けた。だって今ラビの頭は九割、それしか無かったから。
まだあれからアレンの顔を見ていない。だからどんな状態なのか分からない。
探し続けてそろそろ2時間。もう教団内で見る所はない。
「一体どこ行ったんかな?見つからないさー」
いい加減、アレンは自分を避けているんじゃないかとラビには思えて来た。
こんな風に見つからないなんて。
「アーレーン・・・俺が悪かったから出てきてくれーぃ」
書室にたどり着き、ラビは誰も居ないのを見計らってこっそり叫んでみる。
もしかしたらと書室に来てみたけれど。
不思議というかいつもの通り、人っ子一人見あたらない。
「…」
ラビの声がする。任務から戻ったのだろうか?
けれどここは心地よくて離れたく無かった。もう暫く此所で眠っていてもいいだろう。
「ティム、ラビには内緒だよ?」
隣で一緒にひなたぼっこをしているティムキャンピーに小さく呟くと、アレンは再び瞼を閉じた。
昨日約束をすっぽかされて正直アレンは不機嫌だった。
後にリナリーからラビが任務に急ぎで行ってしまったことを聞いて不機嫌のレベルは半減したが。
誰かに伝言を残すことをしても良かったのではないかと思って、彼に応える気分にはならなかった。
「…知らない」
書庫にいるのは確かにアレンだったけれど、場所は本棚の頂点。
ここは天窓があるから天気の良い時は暖かく昼寝には最適だ。最も場所はラビに教えてもらった場所のひとつだったが。
夜には任務が入る予定だから今の内に寝ておこうとアレンは寝返りを打った。
しかしその先に見えた顔に思わず瞼は全開に開かれた。
「っ…」
「知らないって、何が?」
てっきり諦めて出て行ったと思っていたラビがアレンの顔を覗き込んでそこにいた。
「ラビっ…」
アレンは驚きに身体を起こした。その拍子に身体の上にかけていた団服が落ちる。ティムキャンピーも驚いて飛び上がり、離れた場所に着地した。
「アレン探してたんさ。見つかって良かったさー。ここで見つかんなかったらもう諦めるトコだった」
子供の嬉しそうな表情に似た笑顔がラビから向けられて、アレンは言葉が返せなくなった。
しかも任務帰りそのままなのか団服はぼろぼろのよれよれで。目立った大きな怪我はないようだが、顔は煤や灰を被ったのか所々汚れて、頬に擦り傷。
「なんで…?」
見つかったのだろうか?ここは下から見つからない場所の筈。ラビがそう教えてくれたのだ。
「あぁ。ティムキャンピーの尻尾がてっぺんから降りてたから」
「…そうですか…」
それでは仕方がないとアレンは諦めて項垂れた。ラビはそんなアレンを見つめる。
「…アレンは俺に会いたくなかった?」
それは先ほどから気になっていた。
先日、一方的に話を持ちかけておいて自分からすっぽかしたのだから普通の人間だったら怒っているだろう。
しかしアレンは微笑んだ。
「…そんなこと、ないですよ?」
会いたく無い訳ではなく、どんな顔をすれば良いのか分からなかった。
「俺、この前のこと謝らなきゃなーって思って」
「急な任務じゃ仕方ないですよ。リナリーとコムイさんから聞きましたし」
本当は文句の一つでも言ってやりたかったが、ラビから謝られたのではそれも出来ない。
それにアレンがラビにあった時点でそんな気持ちは霧散してしまっていた。
彼は両手をパンッ!と、勢い良く合わせて深く頭をたれた。
「うー悪かった。ごめん!」
「だからもういいですってば」
「いや、謝らねぇと俺の腹のムシがおさまらねぇさ。俺から言い出しておいて、すっぽかしちまったし」
頭は垂れたままで、ラビはアレンに謝り続ける。アレンもそれには困ってしまってどうにか彼の頭を上げさせようと思った。
「?まぁまぁ、お互いタイミングが悪かっただけですよ。ラビさえ良ければ今話し聞きますし?」
任務出発までにはまだたっぷり時間もあるから。
「ほんとか!?」
アレンの申し出に、ラビは嬉々として声と頭を上げた。
「ええ。」
勢いの良さにアレンは少し引いてしまったが、言った以上は逃げられない。
「けどラビ、任務から戻ったばかりなんでしょう?いいんですか?」
「いや、それは後回しでいいさ」
ラビは目の前に腰を下ろした。アレンと向かい合うように。
下に降りようかとも思ったが、誰かに邪魔されてはまたチャンスを失ってしまう。その点この場所なら入り口からは見えない。
「リナリーに聞いたんだ。俺の悪戯でお前が困ってるって」
「え?ああ…その事ですか」
アレンがリナリーからの話題をそらそうとしてついた事。
「この前だって俺のちょっとした昔の悪戯でユウに濡れ衣着せられたしな」
「あれは神田の一方的な勘違いですし、分かって貰えれば僕は別に」
「…なんで?」
もうちょっと怒るとか感情表現してもよさそうなのに。全てはラビが蒔いた種だ。
「え?」
アレンは神田を苦手としていて、神田にははっきり物を言う。けれどラビには?
本気で怒っている?本当に?
「アレン、俺たちに遠慮しているんじゃないかって」
ラビと神田とリナリーに。
「別に僕は…」
遠慮しているように見えるならそうかもしれないが、意図してやっているわけではない。
ただ三人揃っている時の雰囲気にどうしてもアレンはなじめない。リナリーの話してくれた『兄妹』に憧れを抱いたが。
「じゃあ、俺の悪戯ってアレンにはどう見える?」
「どうって・・・からかってます?」
「んー…俺も初めはそんなもんかと思ってたんだけどな。今はもう違うから」
ラビははっきりは言わない。なぞ掛けの様に。
「?まぁ…度を越して来たとは思ってましたけど…『昔の悪戯』で神田をあんなに怒らせることが出来るなんて、ある意味凄いですよね」
アレンは最近のラビの悪戯を思い出す。
それは本当に悪ガキの悪戯を連想させた。
アレンには同じ年頃の友達というものが存在しなかったから、悪戯というものにあまりいい印象を抱いてはいなかった。
ラビの悪戯は決して悪気が在ってやってるものではないのを知っているから。
「俺達の子供の頃のことは、アレン知らないもんな」
「・・・そりゃ、そうですね」
それぞれが別の場所で育った。知らない所で。
アレンは養父のマナを思い出した。
それは暖かく懐かしい記憶。
ラビは子供の頃の話を振ろうと思ったが、アレンの表情を見たらなんとなく躊躇われた。
アレンは生まれつきの左腕でひどい思いをしてきただろうから。
「…やっぱ迷惑だったんか?」
声をかければアレンは物思いに耽っていた表情を戻してラビを見返した。
苦笑している。
「…確かにラビの悪戯には困ってましたけど…」
「?」
『困る』意味はアレン自身まだ気付いていない。
そもそもリナリーに『困ること』を訊ねられたから答えただけ。
ラビがそんなしおらしい態度で返してくると思っていなかった。
「けど?なに?」
訊き返してくる。
ラビの表情は置いていかれる子供にも似ていて、アレンは戸惑う。
そもそも彼は何故自分にばかり悪戯を仕掛けてくるのかが分からない。
彼は「今は違うから」と言った。その意味は?訊いてはいけない気もするし、訊いたら戻れなくなりそうな気もする。
けれどそれを訊いても答えてくれるのだろうか?とアレンは考えた。
「ラビの『今は違う』の意味って…なんですか?」
「…違う意味…知りたい?」
ラビの目つきがすぅっと変化したのをアレンは見てしまった。
その視線に見つめられて、言いようの無い気持ちが胸の中で渦巻く。
やはり訊くのではなかったと。けれど感情は先へ走る。
「…分からないから訊いてるんです。ただの『悪戯』だったら…こんな気持ちに絶対ならないのに!」
我慢できず、アレンは立ち上がった。場所は本棚の上。安全面では決して良いとは言えない。
「…っ!?」
「アレン!?」
ラビの見ている前でアレンは踵を滑らせ身体が傾ぐ。
「っ!」
真っ逆さまにアレンは落ちる。距離が短すぎて身体を捻る前に落ちた。
「っ…!!」
「アレン!」
血相を変えて脚立を使わず飛び下りてやって来るラビの姿が視界に映った。
必死な表情に、アレンはそんな顔して欲しく無いと思って手を伸ばそうとする。
「…っ」
背中に走った激痛にアレンは硬直した。
「アレンっ!?」
ラビが駆け寄る。かなり苦しそうだ。硬直したままで声も出せないでいるアレン。
ラビは真っ青になって慌て出した。
「だいじょ…ぶじゃないな、そだ医務室にっ…」
「っぁっ…!」
「アレン!?」
取り乱すラビの裾をアレンが引く。どこか痛むのだろうかと更に取り乱した。
「待ってろ、今誰か呼んで−」
来るから、と言おうとしてさらに裾を引かれた。
意外に力強く。
何か言いたいのが分かって顔を覗き込んだ。
「呼ば…なく、ても…だいじょ…ぅ…背中…打った、だけ…です」
ゆっくりと、アレンの口から発せられた言葉。まだ痛いのだろうというその話し方。
「けど…」
ラビは暫く考えていつでも運べるよう、アレンの身体を抱き起こした。
実際まだ動かすのにも息が苦しそうだし、強く背中を打ちつけたらしい。
もう少しで回復するだろうから、とアレンは事を大きくしないよう、ラビに続けて話す。
何しろあと数時間で任務だ。
「すみませ、ん…暫く…このま・ま…で」
アレンはラビが離れていかないように、その胸に頭を預けた。それは別に深い意味でやった訳ではない。ただ事を大きくしたくないだけ。
「…〜アレン〜…」
ラビはどうしてこんな時でも遠慮するのかとアレンを叱り飛ばしたくなった。大事にしたいのに。
「すみませ…」
ラビは我慢出来ず話しはじめる。アレンの肩に頭を押し付けて。
「謝るなよ。お前が無事ならいいけどさ。それでも一瞬…アレンにもしものことがあったらって…思ったら背筋が凍る思いだったさ…」
泣きそうな声音。
ラビは仲間の誰かが死にそうになるとこんな声音になるのかとアレンは漠然と思った。
先ほどのような顔はみたくなかったが、こんな風に心配されるのは羨ましい。
「すみません…」
きっとされるなら自分でない誰か。そう例えばリナリーとか神田とか。ラビの大切な人達。
「謝るなよ〜俺はこんなに…好きなのに…」
「ぇ?…ら…」
彼は今なんと言っただろうか?アレンは無意識に訊き返していた。
「アレンを失いたくないんさ」
「…」
依然からずっとラビの頭がアレンの肩の場所に置かれたまま。だから表情は分からない。
そう思ってくれているのが真実だとしたら、嬉しい。アレンはぼんやりと思った。
それはアレンの中にある「女性」の部分。
「ラビ…?なんで?」
それは無意識に訊き返した言葉。常のアレンだったら、受け流していた言葉。
自分は『女』である前に一人のエクソシストとして生きると決めたから。その感情に封をかけていたのに、こんな形で解かれるとは。
「俺…アレンの事…好きだから」
声に覇気が無くなってきた。
眠いのだろうか?任務上がりで疲れている筈だから。
「…うそ…」
僕を好き?仲間として?それとも・・・?
アレンはラビの言葉をいまだ信じられない。全然そんなそぶり見せなかった癖に。だから油断していた。
「…あ…!?」
アレンの言葉に、ラビがやっと面をあげた。
ラビがアレンを見れば彼女はラビをじぃっと見つめ返してきて、妙に照れがせり上がってきた。
「っ…悪い…これオフレコって…ってワケにはいかねぇか…」
真っ赤になってアレンから視線をそらすラビに、彼が嘘をついていない事を知る。
そして『好き』の意味を知った。
「ラビ…」
けれどアレンには応えることは出来ない。それは自分の封を完全に解くことになる。
アレンは自分が『女』なのを認めたくないだけ、だったが。
「今の、気にしなくていいから。こんな風に伝えるつもりなかったんさ」
「・・・」
じゃあどんなつもりだったのか?アレンはまたじっとラビを見つめる。赤い顔はそのままだ。
「や。やっぱこれ聞かなかった事に…」
ラビはじっと見つめるアレンに耐えきれなくなって再び顔を逸らした。しかしアレンの反応が恐くても気になって仕方がないらしく時折チラチラとアレンに視線を送る。
「…」
「う…無理っすか?」
「…ラビの言葉は…嬉しいです。今の僕には応えられないですが」
アレンは真剣なラビの言葉だからこそ、嘘は付きたくないと思った。何より失礼だろう。
「それはっ…だから気にしないでいいんさ。元より答えを貰おうと思って言った訳じゃないし」
ラビの必死さにアレンは苦笑した。意外に恋愛に対して純粋な面を持っていた事を知って。
でもそれは自分も同じ。自分は更に臆病な上に、気持ちに封をかけている。
「ふふ。ありがとうございます」
少しだけラビの中にある自分の存在が大きくなった気がして、アレンは微笑んだ。
小さな嫉妬の塊が胸から溶け出して行く。
まだ時間はかかりそうだったけれど。確実に。
彼の一番大事な人、というよりは。
ただ彼の中の忘れられない存在になりたかった、だけ。
その数時間後。
「アレン君、起きてくれる?」
軽く肩を揺すられる刺激に、アレンは目を覚ました。
「ん?リナリー?」
「ご免ね。仲良く寝ている所悪いんだけど、そろそろ出発の時間だって、兄さんが」
見上げればリナリーの困った表情。もうそんな時間かと思って。仲良く寝ているのはまあ仕方ない。お互い疲れて寝ていたのだから。が、恥ずかしくてリナリーの顔が見れない。
「あっそうですね。分かりました。部屋に戻って準備してきますっ…ぅ?」
「…あら?」
二人の視線の先にはラビの手。その手はアレンのリボンタイを握り締めていて、放す気配は無かった。
「すみません・・・」
アレンは一つ謝ってからリボンを解いた。ラビを起こさないようにそっと。
リボンは彼の手の中に。預けることにした。
「ふふ。ぐっすり寝ちゃってるのね…ラビったら幸せそう」
リナリーはカウンターに置いてあった毛布を持ってきてラビにかけてあげた。
「起きちゃうかな?」
「大丈夫よ。ここは暖房も入っているから・・・行ってらっしゃい。アレン君」
「・・・行ってきます。リナリー、とラビ」
アレンは書室にいるたった二人の仲間に微笑んで、踵を返して行った。
「9.好き?嫌い?」からの続きでした。
おまけの続きは「7.もういいかい?」です。
ながっっっ!!!そして一番の難産場所でした。
ブラウザは閉じて